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2004.12.22

片手打ちの心地好さ

ヨコハマ
 今夜は仕事の後でMJO=マンハッタン・ジャズ・オーケストラのコンサートに行ってきた.久しぶりのビッグ・バンド・ジャズである.デイヴィッド・マシューズも日本語がうまくなって,次の50年では英語をうまく話したい――なんて云っていたが,やはり寄る年波には勝てないのかな.ちょっとヨボヨボっとした感じだった.MJQでやってきていたときよりは,随分と日本語がうまくなっていた.
 
 トランペット4人の行進など,最後はやはり盛り上がったが,こればかりは観た人しかわかるまい.終わって会場を出るときに,二人連れのご婦人が「楽しかったわね」と云っているところは,ああ,ジャズだな,と思った.
 
 家人とは会場で待ち合わせの予定だったが,お互い仕事場から直行なので,携帯電話のメールが役に立った.待ち合わせ場所や時間の最終的な微調整が携帯電話のメールで可能になり,世の中便利になったもんだ,と改めて感心している.
 
 携帯電話は云うに及ばず,PocketPCのような PDAが安くなり,高機能のスケジューラが搭載され,物覚えの悪い当方としては非常に助かるのだが,なんといっても携帯電話のメールの快適さには,PDAも負けてしまうだろう.つまり,テンキーを使った片手入力,これが非常に快適なのだ.
 
 寝転がっても,片手に鞄をぶら下げていても,とにかく私の場合は左手だけで文字入力ができてしまう.片手でカチリと開いて,メモをちょこちょこと打ち込んで,自分宛にメールを送ってしまう.かつてのように手書きメモとパソコンとの間にあった,アナログ⇔デジタルの深淵など一気に飛び越えて,リアルがバーチャルとつながってしまう,それが,あなたの片手にある携帯電話なのだ.
 
 パソコンや PDAは,入力するときに両手を使わねばならない.パソコンでは打ち込む時の場所にも制約される.PDAだって,片手で支えて片手でスタイラスを持たねばならない.携帯メールはそのような制約から解放されている.この身軽さはどうしようもなく快適だ.携帯メールで小説を書いてしまおうか,と思ってしまうほどである.
 
 しかしこの快適さには前提条件がある.そう.パソコンという母艦の存在があってこその,片手入力.せっせと携帯メールを打ったところで,その打ち込んだ文章やメモを整理して有機化するには,やはりパソコンという装置が必要になる.
 
 だったらパソコンに携帯電話のようなデバイスをつないで打ち込めばいいじゃないか,と思うし,実際にそういう冗談のようなデバイスを買って試してみたが,「どうしてフルキーボードが目の前にあるのに,苦労して片手でパソコンに入力しなきゃならないんだ」と,ばかばかしくなった.
 
 パソコンは永遠に不滅?

 

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