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2005.01.05

幸せの需要と供給

時が止まり人は流れる

 通勤の電車や駅は,まだまだ普段よりも空いていて,年末年始の休みから全ての人が戻ってきていないのだなぁ~,と思われる.確かに,学校はまだ冬休みだ.昨日など,朝の電車に座ることができた.さすがに今朝は無理だったが,しかし駅のコンコースは,どこかガランとした印象がある.
 
 正月4日にして仕事をしている同士,出会えば年始の挨拶と「いやはや,どうも,お互い4日から……」と苦笑している.そして,帰りの電車に乗れば隙間のある座席に,コートの前をはだけたおとーさんが分厚い漫画雑誌を開いて,しどけなく座り込んでいたりする.
 
 ふと,そんな首都の真空地帯のような宵の口を通り過ぎながら,全ての人の幸福とは何だろうか,と考えていた.
 
 きっとこのおと~さんにとっては,いまこの電車の座席で眺めている漫画が幸福なんだろうし,こちらのおねーさんにとっては携帯メールがそうなんだろうし,この車両に乗っている人々それぞれにとって,深く自覚はしていないにしても,取り敢えずの幸福というものがそれぞれにあって,それぞれが違う形をしているのだろう,と.
 
 であるとすると,一律にひとつの法則や方法論で,人間の幸福を導き出すなんてできはしない.人間には不可能なんだろうと思う.だからこそ「奇跡」という言葉があるのだろう,と.
 
 しかし,ある人にとっての幸福を,別の人がかなえられるのだとしたら――そしてそんな無数の組み合わせが想定されるだけではなくて,それらの組み合わせを実現できるのだとしたら…….つまり,Aさんの望みをBさんがかなえられる.Cさんの望みはDさんの十八番だ.かたやDさんの必要としていることは,Aさんの技術で実現できる――という具合に.
 
 「すべての人の幸福」というものが存在しないのだとしたら,実はそこにこそ経済の存在意義があるのではないだろうか.それらの組み合わせを実現することこそが,経済の,商売の,そして仕事の意味なのではないだろうか…….
 
 そんなことを考えているうちに,電車は目的地に着いた.
 
 


 
「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠(とうげ)の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜青空文庫より)
 

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