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2005.01.17

当事者に「なる」と決意「する」

降りそうで降らない

 『問題な日本語』という本の吊り広告を電車の中で見て,ニヤニヤしてしまった.面白そうな本だけど,買おうかな,どうしようかな.面白いかな?
 
 この本に記述されているかどうかは知らないが,私的に気になる云い方がある.特にテレビやラジオのニュースで使われている「~になった」という云い方.たとえば「今回の会議で,新しい条例が施行されることになりました」とか「経済産業省が中心となって改革を実現することになりました」という云い方.どうにも気になる.
 
 「なる」というのは,たとえば「自然になる」「いつの間にかそうなる」のようなニュアンスがあって,行間というか言葉の裏側というかを透かしてみると「私たちが知らないうちにそうなっちゃったんです」とか「行動主体がハッキリしないけど,結局そんな状態となってしまいました」という,一種「逃げ」の姿勢を嗅ぎ取ってしまうのだ.
 
 前述の例で云えば,「今回の会議で,新しい条例が施行されることになりましたが,その決定は成り行きであって,決定についての責任は誰も取りません」とか「経済産業省が中心となって改革を実現することになりましたが,それを決めたのは経済産業省ではなくて,別の誰かです」と聞こえる.
 
 逃げないでもらいたい.行為の主体や責任者をハッキリしてもらいたい.
 
 「新しい条例の施行を,今回の会議が決定しました」
 「経済産業省が中心となって改革を実現すると,内閣が決めました」
 
 こう云ってもらえれば,それが自然現象などではなく,誰かによる決定であることがわかる.そして,その決定に賛成するにも反対するにも,対象となる人物なり組織なりがあるのが明確にわかる.
 
 どうしてそんな大事なところをウヤムヤのまま,曖昧にぼかしてしまうんだろうか.
 
 よく似た表現に「~という状況です」というのがある.たとえば「ご覧の通り,物凄い人気でして,長蛇の列が200メートルも伸びている,と,まぁ,こういう状況です」.最近ではリポータだけではなくて,インタビューされる人も「爆発が起きたときは,みんなパニくった状況でした」なんて返答していたりする.これって「5000円からお預かりします」とか「コーヒーのほう,お持ちしました」と同じなのかな.
 
 どうして一歩引いてしまうのだろうか.
 

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