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2005.01.19

音楽は必須栄養素

お出かけお出かけ

 出掛けにイアフォンが壊れた.
 
 いつもひとりで出かけるときにはクリエイティブ社NOMAD MuVoを持ってゆく.既に生産中止の古いタイプで,128MBしか入らないし,液晶ディスプレイもついていない.けれどもこの単純な構造が気に入って,ずっと使っている.稼動部分がないので故障の心配も少ない.
 
 しかし接続しているイアフォンは,よく断線する.会社への出掛けに,左の音が出ていないのに気づき,ジャックをクニクニしてみたら断続的に音が出る.これで何個目だろう.そんなわけで会社からの帰りに,予備も含めて2セットを購入.耳の中にスッポリ入る密閉式を好んで使っている.
 
 改めて電車の中で周囲を見回してみると,年齢性別を問わず,イアフォンやヘッドフォンを着けている人の多さに気づいた.たとえば,目の前に並んで腰掛けている女性三人がそれぞれ何かを聞いているし,隣に立っているおにいちゃんもご同様.
 
 かつて,SONYからウォークマンが発売されたとき,その携帯性に目を見張ったものだが,いまではワイシャツの胸ポケットに収まってしまうほど小さい.価格も下がってきている.そしてパソコンの普及がある.技術の発展が音楽を身近にし,必需品にしてしまった.
 
 「自分の世界に閉じこもっている」という批判もあるが,私はいい傾向だと思う.人間がきちんと考えるには,一度自分の中に閉じこもらねばならない.自分と対話しなければならない.音楽がそのためのきっかけになるなら,それでいいではないか.自分と向き合うのは酷くつらい作業だ.そのつらさを少しでも軽減してくれるなら,それでいいではないか.
 
 音を聞くと色や形が見える.時には形の手触りを感じることができる.
 
 電車の中でイアフォンやヘッドフォンを着けている人たちは,実は別の世界を眺めているのかもしれない.音楽に埋没できる人たちは,異世界を覗き見ることのできる素敵な能力を持っているのだと思う.自分も含めて,そう思いたい.私にとって音楽は逃げ場所ではなくて,栄養なのだ,と.
 
 批判は(ひが)みかもしれないね.
 

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