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2005.01.11

ピピッと来る

見上げれば青い空

 叔母が定年を迎え,この春で第一線を退く.あとは週一回の非常勤で働くらしい.これまでの膨大な仕事量から解放され,権限がなくなる代わりに,ありあまる時間が生まれるわけだ.そこで,本格的にパソコンを勉強したいと云う.これまでは部下がやってくれていたことを,自分でやりたいのだそうだ.
 
 商売柄,よく人からこの叔母の場合と似たような質問を受ける.パソコンを買いたいんだけど,何がいいかな――.
 
 正直,この手の質問には返答が難しい.パソコンと云っても性能・機能はさまざまだし,使う人間の技量がどれくらいなのかを見極めねばならないし,故障時のサポートはどうするのか,操作がわからないときは誰か教えてくれるのか……などなど.
 
 何よりも重要なのは「パソコンを使って何をするつもりなのか」なのだ.
 
 自分自身がはじめてパソコンを触れた四半世紀前には,いったい誰がこのような質問を考えただろうか.昔はパソコンを持っているだけでスゴくて,とにかくパソコンが欲しい,何ができるかわからないけど,とにかくいじってみたい……という,欲望だけで十分だった.
 
 けれども今では,その存在理由を最初に考えねばならない.そうしないと「最適な機種」を「推奨」できないのだ.
 
 そもそも話(ばなし),コンピュータとは人間の脳の活動を模倣させるものとして誕生した.最近では滅多に耳にしない「人工頭脳」という言葉が,それを端的に表している.人間が存在理由を問うのは若さの証拠だが,人間とは最初に存在理由があるわけではなく,人間自身,つまり例えば,これを読んでいるあなた自身が有無を云わせず確かな事実としてに最初に存在してしまっていて,次にそのあなた自身が存在理由について悩んだり考え込んだりしている.
 
 であるとすると,コンピュータについても同様のアプローチを取るべきではないか,と思ってしまうのだ.つまり,先ず最初に目の前にパソコンがある.次にその使い道を考える,という入門の仕方だ.そこにあるからいいじゃないか.どこに向かうかはそれから考えればいいじゃないか.どこにも行かなくてもいいじゃないか.
 
 いつからこんな複雑な世の中になってしまったんだろう.使用用途に合わせて機種を選ぶなんて.目標や目的に合わせて,つきあう人を選ぶのに似ていないか?
 
 近所の家電量販店に云って,ピピッと来たのを買えばいいよ――と叔母には答えようと思う.
 

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