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2005.02.02

水都ヴェネツィアのカーニバル

祭りの終わった翌日,フォンダメンタ・ディ・カンナレッジオの北端から北を望む

 ああ,ヴェネツィアのカーニバルは,もう始まっていたんだ.今年は1月28日から2月8日まで.休暇をとって,ヴェネツィア・サンタルチア駅の運河をはさんだカールトンに10日ほど滞在した年は2月の終わり頃の開催だった.
 
 朝はドイツ人の団体観光客に混じって,ホテルのレストランでしっかりタップリの朝食をデザートまで食べ,そして一日歩き回り,日が暮れれば,トラットリアで庶民的だけども美味しい夕食を楽しみ,ほろ酔い気分で夜露のおりた石畳を,ホテルまで歩いて帰ったっけ.
 
 ヴェネツィアでは猫車と乳母車以外,車輪のついた乗り物は禁止だから,移動するには歩きか船しかない.
 
 夜も更けて,乗り場にぶつかる水上バスの音もしなくなると,窓下を過ぎる靴音と,遠くの広場から微かに聞こえる時折の笑い声,鐘楼の鐘…….
 
 そして再び朝が来ると,またもや一日地図を頼りに歩いて,船に乗って,笑って,まぶしい太陽に目を細め,ポーズを取る人々にカメラのシャッターを切って,サン・ジョルジオの鐘楼にのぼり,トラゲットで運河を渡って近道を憶え,美術館を探り,…….まるで夢のような10日間だった.その季節が再びやってきていたというのに,すっかり忘れていた.「そろそろだよな~」とは思っていたけど,もう始まっていたなんて…….
 
 ザッテレの河岸を歩いていたら,あちらからルネサンス貴族がやってきて挨拶を交わしたっけ.
 
 リオ・デル・ガッファロ沿いの店では,家人が香水と石鹸を買ったが,言葉が全然通じなくても何とか気持ちが通じた.店のおじさんはヴェネツィアなまりのイタリア語しか話せないし,こちらも相当怪しい英語しかダメだけど,これは日本の意匠で作ったんだよ,と葵の紋の石鹸を見せてくれたっけ.
 
 そう.私たちはその国からやってきました.
 
 サン・ステファノ~サン・アンジェロ~マニーニ~サン・ルッカ――と広場をつなぐ道は,いつしかサン・マルコ裏までの,人ごみを避けてゆく高速道路になった.
 
 死んだらサン・ミケーレに葬ってもらおうかな.そうすれば「おじいちゃんのお墓参りに,ヴェネツィアにゆくの」と云って,毎年自分の子孫がやってこられるもの.
 
 それくらい,いいところです.
 
 Carnival Of Venice
 

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