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2005.02.08

わすれもの

長期信用銀行

 携帯電話は高機能化され,とうとうワンセグ放送などといって携帯電話で地上波デジタルのテレビが見られます――というサービスが出てきている.しかし,あんな小さな画面でテレビなんか見たいのかな……と思っていたら,最近「携帯向け1セグ放送、魅力を「感じない」が過半数」なんてニュースが流れた.
 
 技術がどんどん普及発展,進化してゆくのに人間がついてゆけない――ではなくて,人間の望みとは無関係に,エンジニアリングの可能性だけが突き進んでいるんじゃないだろうか,と思うことが多くなった.技術の発展が経済を牽引し,われわれの生活を豊かにしてくれるというのは,3~40年昔の未来世界だったら説得力を持っていたかもしれない.たとえば小松左京氏の「空中都市008」なんて世界はその典型で,いま振り返って考えてみると,無闇に速かったり,必要以上に高性能だったりする技術が繰り出てくるわけだが,当時はそんな「未来」を無邪気に喜び,そんな「未来」を心待ちにしていた.社会全体がぴかぴかで,誰もが豊かな世界.
 
 ところが,いつからかSF小説というジャンルがおとなしくなってしまって,いまの日本でSFと呼べる創作作品はアニメとゲームだけになってしまったかもしれない.一部に残っているものも,既にかつての魅力を失った,私に云わせれば――反論もあるだろうが――亜流になってしまっている.正しいSFとは,ハードSF小説なのだ.ぴかぴかの未来なのだ.ホシオ君とツキコちゃんの未来都市なのだ( 私にとってのハードSFの原点はアオゾラ市なのだ ).
 
 かつては人間の想像力が,現実の技術力よりも先を走っていたのが,いつの間にか技術は人間の欲望よりも先を走っていて,「おいおい,そっちじゃないんだと思うんだけどなぁ~……」という言葉も聞かず,遥か彼方を目がけて突っ走っている.しかし,その行く先がいったい何処なのか,実は誰も知らないのだろう.
 
 いつ頃からこうなってしまったのだろうか.パソコンの登場辺りだろうか.
 
 まさに今,「夢の科学技術」が我々の身の周りで実現しているわけだが,そこにはワクワク感がない.あって当たり前,できて当然,つながっているのが普通の世の中は,かつてレトロ・フューチャーで描かれた世界に大変よく似ているというのに,どうしてこうも味気ないのだろうか.
 
 どこかで何か大事なものを忘れてきてしまったけど,それが何処だったか,そして何を忘れてしまったのか,思い出せない感覚に似ている.
 

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