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2007.07.27

割り箸、じゃなくて折れ箸

昼ご飯はどうしても職場の近くで弁当を買って済ませる。飲食店も多数あるのだが、昼飯時には混んでいて待ち時間が莫迦らしいので、待ち時間ゼロの弁当にしているという次第。わたくし的には、時間がもっとも大切な財務指標だと考えているから。

弁当も、いくつかの弁当店や、混雑している飲食店の店先で売っていたりするから、レパートリーはそれなりにあって飽きることはない。日替わり弁当なんてのが2~3あれば、それだけで大丈夫。それにコンビニがあるので、パリジャンサンドにホウレンソウの即席スープなんかで気分転換できる。自宅で弁当を作ってゆく――なんて甲斐性はない。

さて、その弁当だが、割り箸がついてくる。一膳単価が数円の、いわゆるごくフツーの割り箸。

最近ちまたでは「マイ箸」とかが流行っているらしい。なんでも自然環境保全のためとか、いやいや廃棄費用がばかにならないんだとか、色々云われているが、私個人としては、箸箱に箸を入れて持ってゆく、というところに一種ノスタルジーを感じている。

さて、昼休み時間直前に買ってくる弁当、それについている割り箸のハナシであった。

最近、この割り箸がよく「折れる」。特定の店に限ったことではない。

割り箸だから割って使うわけだが、割ろうとすると「折れる」のだ。つまり、割って2本になる前にくっついている一端付近が斜めに割れるとかじゃなくて、真ん中からバッキリと折れるのだ、文字通り。穏やかじゃない。

湿気があるからなのか、それとも割り箸の品質が悪くなっているのか、それらの両方なのか、はたまたそれ以外の何らかの要因なのか。ともかくも、さぁ食べようとして割り箸が折れてしまうことは腹立たしいし、哀しい。

ここ数年、具体的には1990年代半ばからこちら、色々な“ウッカリ”とか“ついつい”を原因とする事件・事故が増加しているように感じるのだが、そんなものは( 事件・事故に巻き込まれた人にはお気の毒だが )テレビや新聞のニュースで報じられるコトで、自分の日常生活には直接関係ないんじゃないか、と安穏に感じてきたところがある。

ところが、尼崎のJRとか、シンドラー・エレベーターだとか、雪印や不二家やミートホープとか、ヤバイ輸入食品だとか、そういった、基本を押さえるべきところを押さえなかった、押さえようとしなかった、最初から押さえるつもりがなかった――という事件・事故が、自分の日常と重なる場面に増えてくると、ひとごとでは済まなくなってくる。

そして、この「折れ箸」である。単に腹立たしくて哀しい、だけでは済ませられないのかもしれない。「マイ箸」にしようかしらん。

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