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2008.03.09

コンサルは、つきつめれば哲学的になってしまう

前のエントリで「安っぽいコンサル」というコトバを使って、日ごろ考えていることを思い出したので、書いておこう。



コンサルというのもピンからキリまであって、ほんとに「安っぽいコンサル」というのにはトンデモなくヒドイのがいる――というのは、身近な実例で知っているんだけども、そういう悪いのほうは放っておく。ここでは、誠実なコンサルについて考えてみる。



コンサルタントというのは、ハナシに聞くところによると「いかに(how)」よりも、「なぜ(why)」と「で、どうする(so what)」てなことを重視するのだそうだ。howというのは勉強して知識として身につけることができるし、ネットやコンピューティングが発達している現在なら、ぽっと出の新米コンサルでもそれなりにレポートにできたりする。



しかし、問題の根本原因を探ったり次の一手を考えるためには、仮説を立てる必要が出てくるわけだが、その辺は場数を踏んでいることが必要条件らしい。場数には、実地とシミュレーションの両方が含まれる。現実的には、経済性という制約があるので、ある程度のところで「手を打っ」たり「妥協」したりという、戦略的思考停止が必要となるわけだが、そこに至るまでやっていることは哲学そのものなんじゃないか、と思った。



「なぜわれわれはココにあるのか」


「われわれは如何にあるべきか」



という質問の立て方そのものじゃないか。で、もし「経済性」という制約を考えないとすると、コンサルタントという人間は哲学者にならざるを得ないのだろう、と結論した。哲学研究者ではなくて、哲学者だ。



誠実なコンサルというのは、自分自身の日常生活とか人生を題材にしてそんなことを考えたり訓練したり、戦略的思考停止のシミュレーションとかを、意識的無意識的にやっているんじゃないだろうか。……いや、シロウトの勝手な思いつきなんだけど。

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