« <メモ>H19年通信利用動向調査(世帯編) | トップページ | 人生を換金しやすくなっている »

2008.08.30

マスコミで失業する前にRSSを使いこなそうか

「え? RSSリーダーって、なに?」という人は、「RSSリーダーとは」で検索するように。もう、自分で調べないでいきなり答を訊ねてくるのはやめてもらいたいな。会社にそんな人が多くてイヤになるんだけど。「聞いたほうが早い」という言い訳は聞かない。教えたって、アンタ、すぐ忘れるでしょ。(閑話休題)

さて、で、当然ブログをやっている人にはRSSリーダとか、フィードとかはお馴染みなわけで、利用者の含有率も非常に高いと思われる。私が担当しているウェブサイトでは、半分くらいの利用者が「へ?」という具合に、RSSを知らないわけだが、それでも10%超は日ごろから使ってくれているみたい。

このごろ、新しいサイトを見つけて最初に注意が向くのが、使っているFireFoxのアドレス欄にあるフィードのマーク。こいつがオレンジ色に点いていないと「なぁ~んだ。だめじゃん」と思ってしまう。nikkei.co.jp のような大手の新聞社サイトでも平気でフィードがなかったりするから、「あ、はぁーん。そっか」と思ってしまう。意識の違いを見てしまう。紙が大事だと思っているからだろうけど。

で、gooリーダでもGoogleリーダでもなんでもいいけど、RSSリーダを使ってウェブサイトのフィードを受信するようになると、文字通り居ながらにして情報の海を泳ぐことができる、いや、情報の奔流が自分のPCに流れ込むようになる。すると何が起きるか? 情報の取捨選択がシビアになる。すべての新着ページを読むわけにはいかないから、自然と自分で何を読むか、読まないかを、無意識的自動的に選択するようになる。

すると面白いことに、自分が何を大切にしているか、重要だと感じているのか、がその取捨選択の総体から自覚できるようなったりする。

普通は自分の価値観だとか大事なことが先にあって、次に、それに合わせて接触したり取得したりする情報が決定されるような気がするんだけど、RSSリーダを使って故意に自分の意識を情報の奔流に放り込んでみたら、その逆の現象が現れてしまった。

もちろん、大量の情報に紛れて、重要だと思われるものが気づかないうちに流れ去ってしまうこともあるだろうけど、取得している情報量が多ければ多いほど、流れ去ってしまった情報のコピーのようなエコーのような別ルートの情報にぶつかる確率も高くなるわけで、総体としては、自分が必要とするものが自動的に補完されているようだ。

加えて、「このひとの発言は要注意」のような“ビジョナリー優先度”のようなものが自分の中にあって、それによってフィードの見出しに軽重が無意識的についてしまう。その度合いによって、目に飛び込んでくるときのインパクトも違ってくる。

目に飛び込むインパクトといえば、見出しの表現、クリエイティブも結構重要。奇抜な言葉や表現を使うかどうか、ということではなくて、記事の内容を的確に示しているかどうか、ということ。ヘタに人の気を引くようなクリエイティブにしても、読者が本文を読んでガッカリだと逆効果。まだまだフィード黎明期のようなところがあるから、そんな奇抜さが有効かもしれないけど、みんなが使うようになるとバナー広告のように逆効果だろう。( ところで最近、バナーが盛り返してるって? 質的変化があったかな )

そんな的確な見出しを作る、作れることが価値をもつんだろうな。仕事にあぶれたマスコミの人たちの新天地になるかもしれない、とか思うことがある。なんといっても、彼らはソレを仕事にしてきたわけだから。でも、なによりも、自分でRSSリーダを使って見出しのクリエイティブの効果を実感してみないといけないんだろうけど、その辺が一番の参入障壁かも。




« <メモ>H19年通信利用動向調査(世帯編) | トップページ | 人生を換金しやすくなっている »

ウェブページ

フォト

hide module-header

redirect to tafworks.com

GglAnlytcs