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2008.10.04

新聞記者は事実を追究する。それが強みであり限界でもある

人と話したり何かを読んだりしていて、ここ数日の間に、別々のルートにもかかわらずほぼ同時に受け取ったひとつの認識がある。


「新聞記者は事実を追究することには長けている。なぜならその道のプロだから。でも、それで満足してしまうし、仕事として必要とされていないから、自分が手に入れた事実から未来を描くことをしないし、出来ない」


そう云われて自分の周りを眺めてみると、そんな気がしてくる。もちろん、未来予測などの記事を書いたりするが、大概は誰かに取材したものを記事に書いている。記者自身がビジョナリー的内容で書いたりすることもあるが、そんな人は普通の新聞記者とは毛色が違っていたり、さっさと独立して評論家になったりしているようだ。

以前、堀江貴文氏についてちょこっと触れたエントリで、“日本のマスコミのほとんどには「意思決定プロセス」と呼べるような仕組みが存在していない”なんて書いたが、ようやくその理由がわかったような気がする。

企業のウェブサイトは、その企業の経営と深い関係がある。そのサイトが企業紹介を目的としていようが、メディア系の情報発信を目的としていようが同じこと。ネットが欲望の加速装置だとしたら( そして実際そうなんだけど )、法人の目的とか存在理由という“欲望”がウェブサイトを通して如実に表現されてしまうし、ウェブ利用者はその匂いをかぎとってしまう。

「意思決定」というのは未来に向けた行為。いっぽう、事実の追究は過去に向けた行為。なぜなら、既に存在している=過去に所属しているものが事実なのだから。とすると、事実の追究を第一義とする人たちに、意思決定なんて行為を要求すること自体が、そもそも間違っているかもしれない。

だから、新聞社のウェブサイトは総じて面白くないし、なんだか雰囲気もよく似通ってしまっているのだろう。「どの新聞も同じ」に似て、「どの新聞サイトも同じ」に見えてくる。

こんなことを考えてみると、“プロの経営者”を入れてグイグイ進むことができる新聞社は生き残れるんだろうなぁ、と思われてくる。もう、紙だけじゃやってゆけないんだから、ネットと融合した新しい“新聞”を考案すべきなんだと思うけど、でも、そのためには未来を描かなきゃならない。そしていまの新聞業界が、たぶん一番苦手としていることなんだろうね。





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