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2011.03.31

自分の“故郷”を見つけて驚いた。

今朝、台所で野菜ジュースで薬を飲みながら考えていた。というか、思いついた。

放射能汚染で東京がやられてしまったら、住めなくなったとしたら? ん〜、あまり困らないかも。でも、小田原辺りまで住めなくなったとしたら、ひどく哀しいかも……。国道134号線、馬入川から城ヶ島までの辺りに二度と立ち入れなくなったとしたら、喪失感を味わうだろう、と気づいた。

たまたま朝の放送で、計画停電が今日はないよ、でも自家発電あるから停電になっても大丈夫だよ、というのを聴いて、ああ、湘南ビーチFMには自家発電があるというのは心強いなぁ、マリーナがあるからだろうか、無線とか灯台を維持するためには電力が必要だし、船艇の出し入れにも動力が必要だしなぁ、と考えた始めたのがきっかけなのだ。

いつでも聞き慣れたビーチFMが聴けるというのは心強い。つながってる感覚を維持できる。つながってる感覚を維持する、というのは、防災上重要な要件になるのかもしれないなぁ、とにかくつながっている、という感覚を防災行政の最優先課題にすべきなんじゃないかなぁ、と。

で、もし放射能汚染で湘南一帯が立ち入り禁止になったとしたら、私は酷い喪失感を味わうことだろう、と思い至った。そんな事態になれば当然ながら逗子・葉山なんてのも退避指示になって、葉山マリーナだって無人になる。スピーカの向こうに広がっているであろう相模湾が見えなくなってしまう。

それで気づいた。そこが私の「帰って行く場所」なんだ、と。

住んでいる東京がなくなろうと、当家由来の福岡がなくなろうと、はたまた憧れのヴェネツィアがなくなろうと、とにかく耐えることはできるだろうが、湘南が失われてしまったとしたら私は、どこにも帰れないオランダ人のように、彷徨い続けるんじゃないだろうか。

134号線の夏の混雑がどんなにばかばかしくても、海岸の砂が黒くても、自分の帰って行く場所はあそこなんだ、て。自転車でゆく湘南海岸は、子どもの頃の私にとっては、親や学校や日常生活から逃げ出すのに絶好の場所だった。特に、春休みの砂浜が好きだった。

そんなことに気づいて、ちょっと恐怖していた。愕然としたというところだろうか。自分にも故郷があったんだ……。失うという局面になって、そのものの価値に気づくというやつかな。成人するまでに、ひと所に6年以上住み続けることのなく、住んでいるところに愛着を持つこともなく、精神的に根無し草だと思っていた自分に見つけた意外なウィークポイント。

映画や物語の悲劇的な場面で「そんなとこ、さっさと捨てて逃げればいいじゃん」とか「土地にしがみつくって、なんかイケてないよなぁ」なんて漠然と思っていたんだけど、ようやくそんな“逃げられない人々”の気持ちがわかったような気がする。

今震災と原発事故で見つけた、自分の新しい側面と云える、のかな。

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