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2011.04.12

背番号ついてもイイじゃん。国民総背番号制と通信インフラの強化が進む、かな。

この大震災について報道や、被災地に入った人のtweetを眺めて思ったのは、情報という神経ラインが弱いということ。

電力が落ちて、通信線がズタズタになってしまって、誰が何処にどれくらい居るのか居ないのかが分からない、何が何処でどれくらい必要とされているかも分からない。そもそも誰が居なくなったのかさえ把握できない。被災地の人が必要としている情報や物資を「欲しい」と叫ぼうにも、その叫びを届ける術もない。

それと年寄りが多いからというのもあるだろうけど、メディカル分野での対応が追いついていないんじゃないかな。

自分が持病持ちで薬を飲んでいるせいで気になるんだと思うけど、普段から使っている薬品が津波で流されてしまって、次に発作が起きたらどうすればいいんだろう、という不安を抱えながらの避難生活。身近に医師がいなくても、薬さえあればなんとかなるんじゃないか、いや、きっとなんとかなる、と思えるものだが、その頼みの綱が無くなってしまっているときの心細さはよくわかる気がする。

だが、何もかも流されちゃってるので、今までどんな薬を飲んでいたのか、どんな病歴があるのかが、たとえ被災地に医師が薬剤師が入ったとしても容易に把握できない。処置や処方に手間取ることになるし、薬の備蓄・在庫の管理が追いつかない。

これから日本はますます高齢化する、てことは、いざというときの医療・薬品分野での対応が一層必要とされる事態が容易に予想される、ということ。

で、そんなこんなを見たり聞いたりしていて思った。これから先、国民総背番号制をきちんと制度として立ち上げて、先ずはそこに電子カルテと運転免許証のデータを紐づけておくべきじゃないか、って。

こんなこと書いたり云ったりすると「個人の権利の侵害だ」とか「プライバシーが侵される」なんて反対する人が必ずいるんだけど、侵害されたり侵されたりする前に、自分が死んじゃったらどうしようもないだろ? と思うのだ。

あんた、そんなに悪いことしてんの? 脱税でもやってるの? と。

まぁ、こんな具合に考えるのは、私自身が社会的に無害でちっぽけな存在で、個人のアレコレを知られたところで「てへ、恥ずかしいなぁ」と舌をペロッと出して赤面する程度だからなのかもしれない。その程度の小市民てことです。

だったら、希望者だけでも国民総背番号制に参加する、てのはどうだろうか。( 限定的てことで「総」じゃないけど )

あと同時に必要なのは、災害に強い通信インフラ。そこで個人的にはまたもやPHSを押してしまうわけだが、マイクロセル方式にしてやれば、たとえ被害を受けたとしても、基地局が小規模になるので消費電力が少ないからバッテリや太陽光での充電で、延命が簡単になるだろう、と思うのだ。

アドホックネットワークとか飛行船とばして基地局にするとかもイイかな。

で、個人の生活ではスマホのようなネットに親和性の高い携帯端末を、税金投入してもいいから全国民に普及させる。そして、誰もが使いこなせるようなアプリとバックボーンを構築してやる、と。( アプリ作家のみなさん、出番ですよ )

それと、コミュニティラジオ局が強いかな、と思う。一斉同報の仕組みとして威力を発揮しそうだ。仕組みは簡単だし。だから、コミュニティラジオ局向けのコンテンツ制作なんてのが流行るかもしれないな。( あ〜、USENの中の人、聞いてる?)

ラジオは、携帯端末への一斉同報インフラとしても活用できそうだ。

で、先の「背番号」と個人の携帯端末を紐づけてやる。ついでに決済システムも紐づけてやる。何も背番号をそのままクレジットカードにくっつける必要はないわけで、携帯端末で紐付けや逆引きできるように、そしてその参照機能は携帯端末の持ち主の承認で可能になるようにしておけばいい。決済機能をくっつけとけば、いつでも持ち歩くでしょ?

国民総背番号を、その目的を「生き延びるための番号」と位置づけて構築する時期じゃないかなぁ。

【追記】
参考:脱中心型首都機能論とは何か? - 京極 真 : アゴラ - ライブドアブログ

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