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2011.04.13

「楽しい」のは予測と想定外のバランス、かもしれない。

あ~、なんかやらなきゃならないコトがあるんだけど、やりたくないなぁ。あ、そうだ、ロケットニュースでも見てみるか――て、やらなきゃならないコトとは無関係な“気晴らし”に逃げちゃうなんてことが多々あることは、経験からわかっている。試験前になると小説を読みたくなる、というやつ。

別段急ぐこともなくてヒマだから“ひまつぶし”にケータイのゲームをやってしまうとか、目的もなくテレビを見続けてしまう、ということもあるだろう。英会話の勉強するとか、資格試験の準備をするとか、ドラッカーを読み返すとか、次の休日にやるべき家事をリストするとか、実はもっともっと人生における優先順位の高い事柄があるにもかかわらず……。

でも、そんな“気晴らし”や“ひまつぶし”に「逃げ」るときでも、ちゃんと、どんな「逃げ」にするかを選んでいる。「逃げ」るんだったら何でもいいわけではない。どのゲームにするか、どのテレビ番組を見るか、ロケットニュースのどの記事を読むか、って選んでるでしょ?

で、思った。どんなに( 人生の大事なことに比べたら )低級な“ひまつぶし”であっても、「楽しい」ことを選んでるんじゃないか、って。だったら、その「楽しい」の素を取り出して、つまらない仕事、かったるい勉強、うざい家事なんかに振りかけてやれば、仕事や勉強や家事が楽しくなるんじゃないかな? て。

じゃぁ「楽しい」て何よ、と。

ウェブやテレビ番組を次々に渡り歩いて「逃げ」ているとき、選ぶコンテンツに期待していることが2つあるような気がするのだ。

・ある程度まで予測可能で、
・理解できる範囲での意外性がある

てこと。結末を自分なりに予測して「あ~、やっぱりそうじゃん」という安心感。ここに快感を感じる生理的な仕組みがあるんじゃないだろうか。だけど、結末が完全に予測どおりだと、かえってつまらなくなる。

仕事の段取りを記して仕様書とか手順書を作ると、もうその作業なんか自分ではやりたくない、もうお腹いっぱい、というウンザリした気持ちになることがあるけど、それはほぼ完璧に結末や結論や成果が予測できて、想定外のトラブルなんかが起こり得ないことがわかっているからかもしれない。

で、トラブルというほどではないけど、成果に想定外の要素が付け加わるとき、でもそれは自分としては十分に許容できる想定外であるとき、面白みが現れたのを感じることが出来る。いわゆるスパイスってやつ。

ここがなかなか難しくて、予測できないとか、予測できない結末とか、意外性が皆無とか、理解できない意外性だとかは、自分を不安にしたり不快にしたりする。按配が難しい。それに、人によって予測や理解の範囲が違うから、人それぞれ「楽しい」ことが異なってくる。

仕事を予測可能にするのは結構簡単だったりする。大きな仕事を小さな仕事に分解していけばいい。一つ一つの工程を小さくすることで不確定要素を減らしていける。だけど、この過程は「想定外」も減らしてしまい、仕事が味気ないものになってしまう危険性をはらんでいる。

かといって「想定外」が大きすぎると“意外”じゃなくて“やばい”になってしまって、面白がっているどころではなくなる。

どうやって「安全な意外性」を織り込んでやるか、その辺が、仕事を楽しくするキモになるんだろうなぁ。一番簡単な方法は、目標が同じ“同僚”と一緒に仕事をすること。人がもともと持っている多様性とか揺らぎなんてのが、許容範囲内の「意外性」を作り出してくれるんじゃないか、と。

もうひとつ思いつくのは、仕事を入念に仕上げること。許される時間と費用の範囲内で、どこまで丹念に仕上げられるかに挑戦する、てことかな。自分の予想以上の仕上がりというのは嬉しいもんだ。

ラジカルだけどシンプルな方法としては、仕事の順番をランダムに変えてみる、なんてのもあるかもしれない。順番を変えるだけでも、これまでの常識とか習慣から離れることで意外性を演出できる。

これ、GTD系のツールに応用できないかな。


【参考】音楽の陶酔と「曖昧な未完結」 | WIRED VISION:
http://wiredvision.jp/news/201101/2011012521.html


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